現役生活最後の日。心に誓った、
「次は社長になりたい」の意味

 本連載は、セレッソ大阪のことを一人でも多くの方に知って頂き、クラブと共に夢を目指す“セレッソファミリー”としてお迎えしたいとの想いのもと、これまでの活動事例を交えながら、我々が考えるクラブとスポンサー様との理想のあり方について、全6回のシリーズ形式にてお届けいたします。

 第1回は、選手時代を含め約30年間セレッソ大阪と関わり続けている“ミスターセレッソ”現代表取締役社長・森島寛晃が、クラブとして大切にしている想いや、今後の目指すクラブ像について語ります。

「私がプロサッカー選手から社長になった理由」

 こんにちは。株式会社セレッソ大阪代表取締役社長の森島寛晃です。
こちらをお読み頂いているということは、以前に私やセレッソ大阪(以下:セレッソ)担当者よりご挨拶させていただいた、もしくはセレッソにご興味を持っていただいた方かと思います。誠にありがとうございます。

 私は1991年にセレッソの前身であるヤンマーディーゼルサッカー部に入団し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせました。

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(現役時代、セレッソのエースナンバー”8”を背負い、ピッチを躍動する)

 以降、17年間に亘ってセレッソ一筋でプレーし、日本代表としてもワールドカップに2度出場させていただきました。2002年日韓ワールドカップのチュニジア戦で決めたゴールは、試合会場がセレッソのホームであるヤンマースタジアム長居だったこともあり、私のキャリアの中でも最も印象に残っているゴールの一つです。

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(2008年12月6日 vs愛媛FCの最終戦にて多くのファンサポーターに見送られながら、引退セレモニーを行う様子)

 2008年に選手を引退した後は、セレッソのアンバサダーとしてクラブの広報活動などに携わっておりましたが、2018年に、選手経験者としてはクラブ初となるセレッソの社長に就任しました。

 引退後、「大好きなセレッソの社長になりたい」との思いはあり、前社長の玉田さんからも、そのようなお声掛けを何度か頂いていたのですが、クラブの経営を担うという重責を、勢いだけで簡単にお受けして良いものなのかと決断できずにいました。

 しかし、「誰にも負けたくない」という気持ちは、引退後も常に持っていましたし、選手の頃からクラブのためにピッチの中ではどんな試合でもひたむきに走ろう!との思いでプレーをしていたので、最終的には、クラブが必要としてくれる”想い”に打たれ、自身を成長させてくれたクラブ、ファン・サポーターへの恩返しのためにも全力でチャレンジしよう!という決意で、お受けする形となりました。

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(就任直後の2019年1月に行われたサポーターコンベンションで会見する森島)

セレッソファミリーの“輪”を拡げていきたい

 クラブの目指す姿として、「大阪と言えばセレッソ!」 と思っていただけるような、大阪を代表する文化の一つになりたいと考えています。そのためには、クラブだけが成長すれば良いわけではなく、ファン・サポーター、スポンサー様、地域の皆様といった、セレッソを応援して頂いているすべての方々を巻き込んでいくことが大切です。

 セレッソでは、そのようなクラブに関わるステークホルダーの皆様を”セレッソファミリー”と呼ばせていただいておりますが、今後、大阪から日本を代表するクラブへ、そして世界で満開の夢を咲かせるクラブへと更に発展していくためには、一人でも多くの方をファミリーとして迎え、輪を拡げていくことが重要だと考えています。

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(セレッソ大阪のクラブ理念)

 2021年、セレッソはクラブ理念の根幹となる『ミッション・ビジョン・行動指針』を新たに策定しました。その中で、最も大きな目標である『ミッション』として、「サッカーを核とする事業を展開し、夢・希望・感動にあふれたスポーツ文化の振興と地域社会の発展に貢献する」と掲げています。

 セレッソはサッカーをプレーするだけの組織ではありません。サッカーを通じてセレッソファミリーに夢や感動を与え、地域社会の発展に貢献することは、勝ち負けと同じくらい或いはそれ以上に大切なことだと考えています。

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(商店街で挨拶をしてまわる様子)

 ただ、セレッソはまだまだ発展途上のクラブです。クラブが強くなることとあわせて、地域での様々な活動を通じて、より一層たくさんの人にセレッソを身近に感じてもらい、応援して頂いている方たちに‟必要とされるクラブ”になっていかなければいけない。その想いは、私だけでなくクラブスタッフ全員が強く意識している部分です。

感謝の気持ちを忘れない

 「大阪のシンボルとして、アジア、そして世界に咲き誇るクラブになる。
これは『ミッション』を成すために掲げた、3つの『ビジョン』のうちの一つです。Jリーグで優勝し、そこからアジア、世界No.1へ挑戦し続けることができれば、一緒に戦ってくれるファン・サポーターや企業の皆さんも増えていくはずです。

 ただ、この大きな夢はクラブの力だけでは成し遂げられません。支えてくださるセレッソファミリー全員の力が必要になります。クラブとして大きな夢を追いかけられるのは、たくさんの人の支えがあるからこそ。そのことを忘れずに、我々セレッソとしては、どんな時も感謝の気持ちを持ちながらやっていかなければいけません。その感謝の気持ちを、選手は試合のプレーで、スタッフは日々の業務の中でそれぞれ体現する。感謝の思いが強ければ、支えてくださっている方たちにも伝わり、結果として一体感のようなものも醸成できると思います。

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(2021年4月1日に完成したヨドコウ桜スタジアムの様子)

 2021年4月、ヨドコウ桜スタジアムが竣工致しました。コロナ禍によって、サッカークラブのみならず日本全体が大きなダメージを受けている中、このような素晴らしいスタジアムを建設できたのも、ひとえに寄付にご賛同頂いた方をはじめ、皆さまからのご支援の賜物であり、心より感謝しています。
世界有数のこの素晴らしいスタジアムでこれからどんなドラマが生まれるのか想像しワクワクする一方、ご支援頂いた皆様の期待と想いを裏切ってはいけないと身が引き締まる思いです。

 これからもどんな困難が待ち受けているか分かりませんが、セレッソファミリー全員の力を合わせれば、必ず乗り越えられる。私はそう強く信じています。

100社あれば100通りのスポンサーシップの形がある

 選手時代から長きに亘りセレッソと関わってきた私から見て、以前と大きく変化したと感じているのは、セレッソファミリー、その中でも特にスポンサー企業様との関わり合い方です。

 一昔前であれば企業のロゴを露出することだけが主な目的となっていましたが、近年は各スポンサー様と密にコミュニケーションを取りながら、商品の開発をお手伝いしたり、さらにはセレッソを活用した社会貢献活動を一緒に推進したりと、スポンサー様が抱える事業課題の解決に一緒に取り組むといった形へ変化しています。また、そのような取り組みを多く行う中で、「100社あれば、100通りのスポンサーシップの形がある」ということを改めて実感しています。

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(セレッソ大阪の「公認セレ男」として就任したローランド様) 

 我々の『ビジョン』の一つには「最高にワクワクするエンターテインメントを提供するクラブになる」とあります。これは試合観戦だけでなく、地域貢献活動やスポンサー様との協働においても、ワクワクする瞬間をともに創り上げたいとの思いが含まれています。

 スポンサー様とコラボして面白いイベントを仕掛けたり、あっと驚くような商品を開発したりして、一緒に‟ワクワクすること”を模索し、サッカー以外の面でも心を動かす原動力を提供したいと思います。

 そのような意識でクラブスタッフが取り組むことにより、自然とスポンサー様との間でビジネスパートナーとして強い信頼関係で結ばれ、結果的に長いお付き合いへ繋がるのではないかと考えています。

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(ヨドコウ桜スタジアムで思いの丈を込めて話す様子)

 最後になりますが、セレッソがアジア、世界を目指していく上で、後押ししてくれるファン・サポーター、スポンサー様、皆さんの存在は必要不可欠です。

 ‟セレッソファミリー”の輪をもっともっと拡げていくことが、クラブの発展につながっていく。それは間違いありません。

 セレッソの『ミッション』に共感していただけるたくさんの人たちと一緒に大きな夢を追いかけ、その過程において、ともに成長していきたいと切に願っています。これからも、厚いご支援をよろしくお願いいたします。

※次回は、「セレッソ大阪がスポンサー様にご提供できる価値とは?」についてご紹介いたします。